脂質膜の特性をQCM-Dで改めて解析!
はじめに
脂質単分子膜、脂質二重膜、脂質ベシクルなどの脂質系は、ドラッグデリバリーからバイオセンサー開発まで、様々な研究分野においてのモデル膜として機能しております。本記事では、QCM-Dテクノロジーを用いて、これらの脂質ベースのシステムをどの様に特性評価できるか一例をご紹介します
また製品詳細については製品ページも併せてご覧下さい。
1.QCMとは?
QCMとはQuartz Crystal Microbalance (水晶振動子マイクロバランス) の略称で、水晶の薄い切片から成る素子をセンサーとして用い、センサーを共振させたときに得られる周波数を連続的に観測しています。QCM-Dでは、水晶振動子センサーの共振周波数(f)とエネルギー散逸(D)の変化をリアルタイムで測定し、センサー表面に形成・滞留する層の質量変化や粘弾性特性に関する詳細な情報が得られます。表面に付着した層の質量、厚さ、粘弾性特性に関するリアルタイムの情報を提供するQCM-D技術は、脂質-固体間の相互作用ダイナミクスのモニタリングを可能し、形成された脂質ベースの構造の特性評価も可能です。
図1.表面特異的なベシクル相互作用のダイナミクスを明らかにしたQCM-Dデータ。チオール化金、SiO2 、酸化金という3つの異なる表面をベシクルにさらすことで、この研究1 は、周波数と散逸の組み合わせによって、ベシクル-表面相互作用のダイナミクスと、それぞれの表面に形成された脂質集合体のタイプの物理的性質が明らかとなった。
2.QCM-Dがどのように有効か?
ベシクルの解離や融合プロセスなどの構造変化を測定・検出できるカギは、QCM-Dが「水和質量」を測定できることです。例えば、光学的手法で測定される「乾燥質量」が対象分子の質量を指すのに対し、水和質量は分子と溶媒の両方を含みます。分子集合体は異なる量の溶媒を補捉するため、水和質量をモニターすることで、層の膨潤や崩壊、ベシクルから二重層への移行などの構造変化を検出することができます。このような構造変化では、表面の分子数は基本的に変化しませんが、結合する溶媒の量は異なります。
脂質をベースとする構造の解析や特性評価において、この機能は非常に有用です。例えば、ベシクル分類の脂質と二重層分類の脂質を区別することができ、前者の構造には大量の溶媒が存在し、後者にはほとんど溶媒が存在しません。異なる脂質集合体が異なる量の溶媒を捕捉している脂質ベースのコンフォメーション変化や構造配列変化を明らかにします。これは、前述の論文[1]から実証されております(図1)
1)メチル末端チオール(methyl-terminated thiols)上に脂質単分子層が形成
fが小さくDが低い、すなわち質量が小さく層が硬い
2)SiO2 上に脂質二重層が形成
質量fとエネルギー散逸Dが最初に増加し、その後、単分子層の2倍のf値と低いDで安定するように急激に変 化するといった2段階のプロセスが明らかになった。これは、ベシクルが最初に表面にそのまま吸着し、その後、臨界被覆率で破裂して融合し、二重層を形成することを示す。
3)脂質ベシクルは酸化金上にインタクトに吸着する
fとDは共に大きく増加する。すなわち、大きな質量取り込みと柔らかい層が形成され、これは表面にインタクトのベシクルの層が形成されたことを明瞭化。
3.脂質ベースの研究におけるQCM-Dの応用例
QCM-Dテクノロジーは、脂質ベースの研究に広く利用されており、いくつかの重要な応用例についての知見を提供しています。
1)脂質ベシクル表面相互作用の特性評価:
QCM-Dは、様々な表面におけるベシクルの吸着、安定性、解離をリアルタイムでモニタリング することができます。異なる表面相互作用の挙動を区別するこの能力は、脂質ベースのプラットフォームを設計する際に関連します。
2)支持脂質二重膜の形成:
支持脂質二重膜は生体膜をよく模倣しています。QCM-Dは二重層形成プロセスのユニークなフィンガープリントを提供し、ベシクル吸着から二重層形成への移行を明らかにします。QCM-D分析は、その後の分子間相互作用のカギとなる二重層の品質と安定性の確保に役立ちます。
3)脂質膜と分子の相互作用: QCM-Dは、タンパク質、ペプチド、ナノ粒子などの様々な分子と脂質膜との結合や相互作用をモニターすることができます。この機能は、例えばバイオセンシングやドラッグデリバリーなどのアプリケーションに関連し、相互作用のダイナミクスを理解することで、脂質ベースのシステムの設計や機能性の向上に繋がります。
おわりに
QCM-Dテクノロジーは、脂質ベースのシステム研究を後押しし、固体支持体における形成ダイナミクスや相互作用に関するリアルタイムの洞察を提供しています。これらの分野の発展に伴い、脂質ベースの研究における応用分野でのQCM-Dの活用が拡大していくことが期待されます。
[1] Keller and Kasemo, Biophysical Journal, 75, 1998