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QCM-Dを用いた抗体ファウリングと材料評価

はじめに

 生体高分子と表面との相互作用を理解することは、バイオテクノロジーを応用する様々な研究分野において極めて重要です。QCM-Dは、タンパク質の吸着や細胞のファウリングといった界面プロセスに関するリアルタイムでの現象の観測が可能で、例えば医療機器等の生活に密接に関係する製品の表面設計に役立てることができます。本記事では、バイオテクノロジー分野への応用例の1つとして、QCM-Dを用いたステンレススチール表面に対する抗体ファウリングの研究例をご紹介させて頂きます。

また製品詳細については製品ページも併せてご覧下さい。


1.治療用タンパク質の相互作用 特性評価

 モノクローナル抗体の様な治療用タンパク質は、製造・保存工程での品質管理が非常に重要です。抗体が製造される際、鉄やガラスなどの様々な材料表面と接触することで、タンパク質と材料の相互作用により、場合によっては吸着性能を阻害してしまう様な望まざるタンパク質の凝集が引き起こされるためです。凝集体は濾過孔径よりも小さくなり、最終製品に残存する可能性があるので、さまざまな材料表面における潜在的な凝集体形成の特性評価と、固液界面における吸着抗体の材料特性の評価が肝要です。下記の実験例では、QCM-Dを用いたステンレススチール表面上の抗体ファウリングを検出し、物理学をベースにしたモデリングを用いて複雑な2層の吸着物形成過程の特性を評価し、実証しております。


2.ステンレススチール表面への抗体吸着 ~速度論的解析~

 モノクローナル抗体のステンレススチール塗膜表面への吸着挙動を観測するにあたり注1実験手順として、緩衝液のベースラインをとった後に、比較的低い流速で抗体溶液を投入、その後、比較的高い流速で緩衝液にてリンス、といったステップを踏んでいます。データは適切なモデルで吸着物質の特性を解析するために、複数の倍音で測定したものを採集しています。抗体吸着の過程においては、生データの測定応答は非常に複雑であり、そのままでは解釈が難しいため、Voigtのモデルを適用することで各層の厚さ、せん断弾性率、界面粘度等の特性を解析しました。一方、緩衝液洗浄後では、より単純なSauerbreyモデルを適用しております。Sauerbreyモデルは、単層で、且つ結合の強いリジッドな吸着膜を対象として想定しており、共振周波数のシフトを吸着質量に直接変換するというものです。

3.QCM-D分析から得られた知見と考察 ~濃度依存的な抗体吸着ダイナミクス~

 分析の結果、抗体のステンレススチール表面への吸着は濃度依存的に起こることが判明しました(図1)。低濃度では、厚さ5 nm程度のリジッドな抗体層が固液界面に付着し、一方、高濃度の条件では、ステンレススチール表面に厚さ約7 nmの緻密でリジッドな層と、厚さ約250 nmまでの、厚いがそれほど緻密ではない、つまりソフトな性質を持つ上部層からなる2段階の吸着プロセスが観測されました。この2段階の吸着プロセスは、QCM-D測定時の応答変化で発見し、複雑な膜の特性はその後のモデリングから解析することで得られたものです。緩衝液による洗浄後、ステンレススチール表面には硬く付着した抗体分子のみが残ったため、上述のSauerbreyモデルを用いた定量分析が可能になり、抗体濃度が高い場合には低濃度の場合よりも多くの吸着物が残存するといった結果になりました。          


図1.ステンレススチール表面へのモノクローナル抗体の吸着と凝集。低濃度および高濃度抗体吸着における複数倍音における時間の関数としてのQCM-D共振周波数(Δf)とエネルギー散逸(ΔD)信号。異なるQCM-Dモデリングアプローチから得られた各層の厚み。
 

 
4. 生体高分子膜特性の定量化

 QCM-D法は、表面に吸着した生体高分子の粘弾性特性に敏感に反応するため、1層および2層の吸着膜を解析するために様々なモデリングを選択し応用可能であり、膜が均一であることを前提として、膜厚、せん断弾性率、粘度などの膜特性に関する定量的な情報を抽出することも可能です。またQCM-D法においては、高濃度の抗体試料を用いて、2層構造において液体に近い性質で存在する上層部分を検出し解析することができますが、他の方法、例えば中性子反射率法等ではコントラストが弱いため、下層部分が検出できず吸着膜の特性解析への応用が難しいことが分かりました。


 おわりに

 上述の実験結果から、QCM-Dは、タンパク質―固体表面間および、タンパク質―タンパク質間の相互作用によって生じる吸着物質の質量および粘弾性の特性評価に適していることがわかりました。あるいはQCM-Dの様な界面レオロジーの解析機能は、ポリマーの薄膜や高分子電解質複合体(環境条件によってソフトまたはリジッドな特性を示す刺激応答性システムを含む)といった材料の研究分野にも応用が可能です。上記でご紹介した様なバイオテクノロジーの応用分野や、その他生化学における界面での分子間相互作用の測定等の応用例について製品ページ を参照の上、貴所における活用法についてご相談頂ければ幸いです。

注1
Kalonia CK, Heinrich F, Curtis JE, Raman S, Miller MA, Hudson SD, Protein adsorption and layer formation at the stainless steel-solution interface mediates shear-induced particle formation for an IgG1 monoclonal antibody, Molecular Pharmaceutics. 2018 Feb 9;15(3):1319-31



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