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QCM-Dを用いた脂質ナノ粒子の親和性スクリーニング

脂質ナノ粒子(Lipid Nanoparticles, 以下LNP)は、様々な種類の薬剤を効率的に送達できるキャリアとして非常に適した物質であることがわかっています。わかりやすい例として、コロナウイルスのメッセンジャー型RNA(mRNA)ワクチンがLNPベースのキャリアであるという事実を挙げれば、如何にこの技術が一般的な認知度を得ているかについてご想像いただけるかと思います。しかし、LNPベースの薬剤のこれまでの成功例とは別問題として、この技術にはまだ改善応用の余地があります。例えば改善すべき点のひとつとしては、薬剤を注射した後の体内への細胞取り込みの程度は様々異なり、まだまだ不明な点が多いのが現状です。この取り込み量については正確に算出する必要があり、現在の評価方法では時間も費用もかかるため、より効率的な計測方法を確立するための研究が進められています。

 
我々は弊社のQCM-D装置が当該研究分野でどのように用いられているのか、現場における活用方法を掘り下げたいと考え、該当分野におけるQCM-Dユーザーの1人であるコペンハーゲン大学・薬学部のテニュア・トラック助教・フェデリカ・セバスティアーニ女史にコンタクトし、詳細を伺いました。セバスティアーニ助教の研究は、主に自己組織化ソフトマターシステム、特に脂質ベースのシステムにおける物理化学的な特性評価に焦点が充てられています。薬物送達を目的として設計された脂質集合体、すなわちmRNA送達のためのLNPの構造と機能の関係を明らかにすることや、並行して、タンパク質やモデル膜と相互作用する際のこれらのシステムの解明に関心があり、また教授はバイオコロイドやバイオミメティックシステムの材料の構造と機能の関係を理解することにより、構造を変化させることで機能性をコントロールすることを目指しているとのことでした。
 
2022年、マルメ大学のマリテ・カルデナス教授のグループでポスドクを務めていたセバスティアーニ助教は、無細胞環境における脂質ナノ粒子と血清タンパク質の結合親和性を調べる研究を行っています。この研究の中で、彼女と研究チームは、幅広い種類のLNP製剤をスクリーニングし、in-vitroおよびin-vivo試験用に最も有望な候補を選択する目的に適う、時間的な効率と費用対効果の高い方法を探索し提案している、と語っています。
 
LNPの表面組成の違いはApoEとの結合性へ影響するか


セバスティアーニ助教によると、LNPの表面構造や組成の違いが、アポリポ蛋白質E(ApoE)との結合性に大きな役割を果たしているという仮説があったとのことで、結合性が高ければLDLレセプターを介してより効率的に細胞内に取り込まれ、その結果タンパク質の発現効果を高めることになるだろうと語っています。この研究では特にLNPの組成の違いがmRNA-LNPへのApoEの結合親和性(強度)と相関するかどうかについて明らかにしたいと考えていました。QCM-Dは、使用するセンサー表面を修飾することにより任意の機能化表面を実現できるなど非常に柔軟性が高いため、固定化LNPと血清タンパク質の相互作用をリアルタイムで追跡できるという点で、上記の彼女の研究目的に最も適した手法であると判断し採用に至ったということです。
 
QCM-Dを用いてタンパク質と脂質ナノ粒子の結合親和性を調べる


先ずQCM-Dセンサーの無垢表面を任意の目的に沿う様に設計し機能化することで、LNPをその上に固定化させ、LNPの固定化が実現できたことで、その後半定量的ににタンパク質結合が測定できるようになった、とセバスティアーニ助教は言います。機能化の鍵となったのは、LNPの表面への固定化を確実にする抗PEG抗体の存在でした。この機能化によって、再現性のある安定した粒子層を作ることができたため、この粒子層を異なるタンパク質濃度の溶液に対し送液することで暴露し、対象となる試料分子との結合性を調べました。
 
QCM-Dによる測定データは信頼できる解析結果を得るための源であり、我々は-ΔD/Δf対-Δfプロットから推定した等価厚さを外挿し解析に用いるという手段を選択した、と語っています。
 
LNP製剤をスクリーニング、in-vitro試験で最も有望な候補に限定する


上記の試験から得られた重要な知見は、LNP製剤によってApoEに対する結合親和性が異なるという点であり、且つ結合親和性が高い時、細胞内でのタンパク質発現量も高くなるという相関関係を明らかにしたことです。このことから、即ち静脈内に投与されたLNPの細胞内への取り込みにおいて、ApoEとの親和性が鍵になるという仮説が、実験結果によって裏付けられたといえます。従ってQCM-D測定を応用すればLNP製剤のApoE結合親和性を事前にスクリーニングし、最も有望な製剤に予め限定した上でin vitro試験を従来よりも効率的に行うといった更に発展的な応用も期待できることを示しました。


結論
 
この研究においては、QCM-D測定にセンサー表面の任意の機能化を組み合わせることで、QCM-Dがタンパク質と脂質ナノ粒子の結合親和性を調べられる強力なツールになることが改めて示されました。QCM-Dは当該研究のみならず、様々な脂質ベースの粒子と試料分子との相互作用の調査に適用可能であり、この手法の開発自体がこの分野への貢献に直接的に繋がると言えます。セバスティアーニ助教は更に、「(QCM-Dは)無細胞環境における粒子とタンパク質の相互作用の研究も可能にする」とも語っており、且つ「QCM-Dはこの研究の鍵となる技術であり、粒子とタンパク質の相互作用に関する他の疑問の解決にも応用可能なプラットフォームを開発できる可能性を示した」、と結んでいます。
 
参考文献
セバスティアーニ・F 他、J. In. Sci, 610巻, 2022年、766-774頁 Yanez Arteta, M., et al., PNAS, 115 (15), 2018, E3351-E3360

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