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電池開発におけるEQCM-Dの活用

化石燃料から再生可能エネルギーへの移行、そして電化社会への移行に伴い携帯電子機器が普及し、電気自動車の技術革新が著しい昨今、電力ネットワークにおいてバッテリーをベースにした様々なパワーデバイスやデータストレージ機器類が社会的に重要な役割を果たしています。このような社会の変化に伴い、当然ながら新しい電池の開発や、既存の電池技術の改善ニーズが高まり、社会的にも強く求められるでしょう。本記事では、EQCMおよびその拡張版であるEQCM-D を用いた測定が電池開発の研究現場でどのように活用され、電池性能の向上に如何に役立てられているかについて概説致します。

EQCM-Dの登場と電池材料解析への応用

現在、電池の高性能化を目指し、新しい電池材料の開発や部材の最適化など、より安定で低コスト、かつ安全な技術を実現するために多くの研究が行われています。また、電池の動作に関わるプロセスには複数の電気化学的な現象が存在するため、研究現場ではさまざまな分析手法を用いて解明を試みています。

1995年以来、電池のメカニズムを研究するために使用されている方法のひとつに、電気化学-水晶振動子マイクロバランスの連携測定(EQCM)がありますが、その拡張版であるEQCM-Dが電池研究を支援する最新版のソリューションとして登場しています。

QCM-D(Quartz Crystal Microbalance with Dissipation monitoring)とは、固体表面や、固液界面における分子の相互作用や反応の速度分析等に20年以上用いられてきた、非侵襲的なセンシング技術であり、EQCM-Dにおいては、電気化学測定デバイスと、QCM-D装置が同じセットアップ内で連携することで、f, Dおよび電気化学測定の3つの測定を同一表面において同時に実施することが可能になっております。


EQCM-Dから得られる情報

QSense装置にもオプションとしてEQCM-Dの用意がありますが、こちらはスタンダードなQSenseのセットアップと同様に、いわゆるマルチハーモニクス測定に対応しています。つまり複数の異なる共振周波数における水晶振動子の振動数変化fと散逸量変化Dの2つのパラメータを経時的に測定し、解析により界面層の質量、厚み、粘弾性特性などの時間分解的な情報を得ることができます。さらに、サイクリックボルタンメトリー(CV)、ガルバノスタティック充放電、電気化学インピーダンス分光(EIS)などの電気化学測定と連携することにより、界面における電気的特性も同時にモニターすることができます。これらリアルタイムでの電気化学的な測定や、質量等のQCM-Dによって得られた分析情報を用いて、例えば酸化還元反応中のカチオン/アニオンの流れの計算や、それぞれのイオンに付随する溶媒分子の数といった情報を得ることも可能です。EQCM-Dによる質量 vs 時間、電荷移動量 (Q) vs 時間、質量 vs Qなどの測定を組み合わせることで、電子-イオン結合輸送メカニズムに関する知見を得ることができます。


この記事では、いわゆる従来のEQCMとQSense EQCM-Dの両方の例を紹介します。この2つの方法の違いは、EQCM-Dはfのみを取得するEQCMとは異なり、実験系における散逸変化Dに関する情報も取得が可能で、界面層の粘弾性や膜厚といった物理特性についても定量的に測定することが可能な点です。これにより、相変態に伴う電池材料の構造変化の評価や、電極表面の形態変化などの分析が可能になります。


EQCM-Dの測定結果からは、解析によって以下の情報を得ることができます。

質量

界面膜の構造的特性

電荷

ポテンシャル

電子移動量あたりの質量(Mass Per Electron transfer, MPE)


電極-電解質界面のナノスケール解析~電池特有の現象やメカニズムを知る

電池の電気化学的な挙動は非常に複雑であり、新しい電池材料や新しい二次電池技術を開発するためには、充放電サイクルにおける多くのプロセスを理解する必要があります。例えば、電極材料のイオン注入/抽出のサイクルは、制御すべき重要なプロセスです。電池の充放電サイクル中に、電極からのイオン注入/抽出が繰り返されると、表面粗さや機械的特性の変化など、電極表面に構造変化が生じ、性能に影響を与える可能性があるためです。また、負極や正極における電解質界面の形成ダイナミクスや、形成された界面層の機械的特性も重要な管理項目であり、新しいタイプの電池の充放電時の反応機構や反応生成物に関する知見が必要になる可能性があります。


上記のすべてのプロセスは、電極の質量および/または機械的特性の変化をもたらしますが、これらの変化はEQCM-Dによって検出することができます。EQCM-D は、電池電極内で発生する電子移動過程に伴う質量と構造の変化に関する情報をリアルタイムで得ることができます3 。イオン輸送によって引き起こされる質量と電荷の変化や、充放電過程における電子移動量 1 モルあたりの電極の質量変化(mpe)を検出することができます。EQCM-Dは、電極での反応や再構成のメカニズムの研究や、陽極の固体電解質界面(SEI)や陰極の電解質界面(CEI)の形成、進化、機械的特性の変化のモニタリングといった用途にも用いることができます。


また、電極の種類や電解液の塩濃度、溶媒濃度などを変化させながらEQCM-D解析を行うことで、電池システムの挙動や動作に関わる反応機構を調べ、電極や電解液の種類、添加剤の影響を明らかにすることができます。


EQCMおよびEQCM-Dが使用されている分野

前項までに述べた通り、EQCMおよびEQCM-Dは、様々な電池材料に関連する現象の特性評価に用いられてきましたが、これらの用途以外にも、EQCM-Dは例えば異なる条件下での固体電解質層間膜(SEI)の形成・進化過程、および膜の機械的特性の解析等にも使用されています。また、新しい電極材料の電荷蓄積メカニズムについて探求が進み、Shpigel氏らは、エネルギー貯蔵および変換用の電極材料の特性評価にについて様々な研究結果を示しています。


上記の例は、これらの方法が電池研究にどのように使用されているかを示しています。

Ji氏らによるレビューでは、実用的なアプローチにおいて、EQCMとEQCM-Dの使用方法を4つの主要分野に分類しています。その領域とは以下の通りです。


1.電極へのイオン注入・離脱現象

2.電解質からの固体の核生成

3.界面反応と再構成機構

4.固液界面における配位


更にJi氏らによる総説では、分析可能な以下のプロセスや化学現象も例示されています。


*電荷蓄積メカニズム

*電極構造進化

*イオン交換による電気化学合成

*アルカリ金属負極へのイオン電着

*金属-O2電池正極での核生成

*不活性電極における界面の形成・進化

*活性電極における界面の形成・進化

*固体-液体配位環境


EQCMとEQCM-Dを用いて特性測定ができる例として、レビューでは以下のような分析が挙げられています。


*高電圧下における電池正極のアニオン酸化還元機構

*溶媒分子と金属イオンの共注入挙動

*負極材料の合金化・脱合金化過程における中間状態

*新規電極材料の電荷蓄積機構

*アルカリ金属電解析出における中間体形成の研究


おわりに

社会の電化が進むにつれて、電池性能の更なる向上が求められています。電池における物質変化や相互作用のシステムは複雑であり、複雑な電気化学現象を解明し、電池の性能を向上させるためには、さまざまな技術が必要とされています。EQCMは高感度で非侵襲的な分析手法であり、約30年にわたり電池に関する研究課題の解決に役立っています。EQCMは、電池のバルクおよび電極表面物質の電気化学および重量パラメータを時間分解的に追跡し、経時的な変化情報を提供することが可能です。拡張版であるEQCM-Dは、さらに電極界面の構造変化を明らかにする力学的情報を提供します。EQCMとその拡張版であるEQCM-Dで得られる情報は、電池サイクルに関わる重要なメカニズムの特性評価に使用することができ、研究者達が電池性能のレベルを向上させるために役立つ独自の情報を提供しています。

参照文献

References
1. Ji, Y., et al., Chem. Soc. Rev., 50 (19), 2021
2. Buttry, D. A. and Ward, M. D, Chem. Rev., 92, 1992, 1355-1379
3. Easley, A. d., et al., J. Polym. Sci., 2021, 1-18
4. Shpigel, N., et al., Energy Storage Materials, 21, 2019, 399-413
5. Chai, Y., et. al., Chin. Chem. Lett., 2021, 32, 1139 – 1143
6. Melin, T., et al., Adv. Mater. Interfaces 2021, 2101258
7. Zhang, Y., et. al., J. Electrochem. Soc., 2020, 167, 070558

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