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QCM-Dでベシクルの相互作用を如何に評価するか?

QCM-Dは現在様々な用途に応用されていますが、固体表面とベシクルとの相互作用をリアルタイムでモニタリングする目的でも能力を発揮致します。ここではQCM-Dの測定によってどのような情報が得られるか、また、この分析がベシクルと表面の相互作用の評価という点でどのように用いることができるかについてご紹介致します。


目次[非表示]

  1. 1.ベシクルの吸着および破断をQCM-Dの信号で識別する
  2. 2.QCM-Dを用いたベシクルのモデルシステムへの応用研究例
  3. 3.QCM-Dによるベシクル研究への貢献


ベシクルの吸着および破断をQCM-Dの信号で識別する

1998年、KellerとKasemoは、QCM-Dを用いて無傷状態のベシクルと固体表面との吸着作用を容易に識別できるとする成果を示しました。図1に模式的に示す通り、ベシクル吸着の過程と、QCM-D測定によって得られたfおよびDのデータに現れる特徴的な信号変化の様子とは明らかに連動していることがわかります。fとDの双方に大きな信号のシフトがみられるということは、界面における典型的なベシクル形成層の特徴、即ち大きな質量の取り込みがあり、且つ形成された膜材料は非常に柔らかい性質を示すことを意味しています。

これまで度々紹介させて頂いた通り、QCM-Dは "水和質量 "と呼ばれるものを測定するノンラベルの測定技術です。つまり、QCM-Dに用いたセンサー表面と相互作用する試料分子の質量のみならず、相互作用に関連する溶媒の質量についても同時に測定しています。従って、この技術を用いれば、水和物を内包する特徴を持つベシクルの吸着と破断といった構造変化の様子を明らかにする目的には特に適しているといえます。そのため、QCM-Dによる測定では、ベシクルが無傷で吸着し、時間が経過しても無傷状態のままで居続けるのか、あるいは周囲の環境が変化したり、破壊的な成分にさらされることによってベシクルは破裂するのかといった、ベシクルと表面間の相互作用のダイナミクスを知ることが可能になります。

図1: QCM-Dで観察した、固体表面の支持体に対して無傷状態のベシクル試料が吸着のする様子を表した模式図。ベシクルが吸着すると、QCM-Dの共振周波数(f、青色で示す)が減少し、質量が増加していることがわかる。これは、ベシクルが表面に吸着することによって界面における質量が増加していることを示しており、また同時に散逸係数(D、赤色で示す)が増加していることから、固体表面には柔らかい材料による膜が形成されていることがわかる。


QCM-Dを用いたベシクルのモデルシステムへの応用研究例


一般的にベシクルと固体表面との相互作用や、固体表面に吸着したベシクル層の特性評価に用いる場合、例えば層を構成する複雑な脂質混合物の特徴や、またベシクルがタンパク質などで機能化されている場合は、固体表面に固定化した支持体との相性を調べることによって、特定の表面材料とベシクル間の組み合わせを探索する(スクリーニング)といった目的に使われることが多いようです。以下、QCM-Dを用いたベシクル研究の典型的な応用例を示してみます(図2)。


- ベシクルの吸着の確認

- ベシクル-固体表面物質間の吸着ダイナミクスの探索

- ベシクル層の安定性やベシクルの破断プロセスの解析

- ベシクル層の厚さ、質量および粘弾性特性の定量評価

- 最適なベシクル吸着を導くための条件探索(脂質組成、環境条件、固体支持体の材質)


図2.QCM-Dを用いて、ベシクルの吸着ダイナミクスやベシクル層の特性を明らかにできることを模式的に示した図。例えば、ベシクルは吸着しているのか(A, B)? また吸着のダイナミクスとはどのようなものか(A,B,C,D)? ベシクルは時間が経ってもそのままの状態を保つのか(E, F)? ベシクル層の厚さはどのくらいか(G)? といった疑問をQCM-Dのグラフから見積ることができる。


例えば、Choらの研究グループは、QCM-Dを評価ツールの1つとして用い、膜破壊特性を持つペプチドを応用することで、表面吸着したベシクルの膜を強制的に破裂誘導させる方法がないか検討しました。その目的は、従来、脂質二重膜の形成が上手くいかず問題となっていた金やチタニアの表面に、良質な脂質二重膜を簡単かつ明確にわかりやすい方法で形成させる方法を開発することにありました。QCM-Dデータ上に示された特徴的な傾向により、予想されていた金およびチタニア表面への無傷のベシクルの吸着と、表面に吸着したベシクルとペプチドの相互作用、およびそれに続く小胞の破裂と融合の両方に成功したことがわかりました。いわゆるAH-ペプチドを用いて、実際に両方の表面に高品質の脂質二重膜を作ることができることが証明された訳です。

別の研究では、Jackmanらのグループが、表面吸着ベシクルとAHペプチド(膜破壊特性を持つペプチド)を同じレイアウトを用いて実験しました。この研究では、表面吸着ベシクルを、ウイルス膜を模倣したモデルシステムとして用い、ペプチド-ベシクル間の相互作用および小胞の破裂に及ぼすベシクルのサイズの違いによる影響を分析しました。その結果,ペプチドによるベシクルの破断にはサイズ依存性があることがわかりました。


QCM-Dによるベシクル研究への貢献


1998年に初めてQCM-Dを用いて発表されたKellerとKasemoの2名による素晴らしい研究成果で示されたように、QCM-Dはベシクル表面の相互作用のダイナミクスや表面吸着ベシクルの構造特性など、脂質ベースのシステムを探索し特性を明らかにすることのできる強力なツールとして今も実験の現場で皆様の研究を支援し続けております。QCM-Dを応用すれば、例えばベシクルと表面の相互作用の仕組みや要因に関する疑問を解明する手掛かりを得られますし、現在進行中の画期的な研究例としては、QCM-Dをウイルスの膜を模倣した表面吸着ベシクルと組み合わせた実験に用いて、ウイルス膜を破断させる手段を確立する等、新しい抗ウイルス戦略の構築と選択肢を模索するための開発ツールとしても役立てられております。私たちは、抗ウイルス研究に限らず今後もベシクルを応用する様々な新しい研究において、QCM-Dが特性評価ツールのレファレンスとして役立ち、研究の促進に貢献できることを切に願っております。


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