未知のウイルス感染拡大をQCM-Dで防止する
目次[非表示]
パンデミックと抗ウイルス研究
目下流行中のコロナ渦においては、予想以上のスピードで収束のためのワクチンの開発が進んでいます。残念ながら、それでもコロナが収束するまでには止むを得ず多くの命が失われてしまうかもしれません。多くの人が予想していることですが、現時点でのコロナウイルスのパンデミックはたとえ収束したとしてもこれが最後になることはないと考えられるため、私たちは次のパンデミックに備えるにはどうすればよいのかを常に考え、備えておく必要があります。著名なQCM-Dユーザの一人である、シンガポール・南洋理工大学で研究を進めるチョ教授は、既成概念にとらわれない対策を考える必要があると主張しており、研究アプローチとして、特定ウイルスを標的とする特異型の抗ウイルス剤の開発を幅広い視点と分野にわたって進めることを提案しております。
次のパンデミックに備えるために
- チョ教授によれば、ウイルスは流行がいったん終わってしまうと、人々は対策を考えることを実質的に止め、ウイルスに関して深く研究することを放棄してしまうといいます。過去にジカ熱やSARSが流行し収束した後に実際に起こったことです。現在、ご存知の通り新型コロナウイルスの感染が進行中であり、感染拡大を防ぐためのワクチンも開発されています。しかし、どれだけワクチンの開発が早くても、ワクチンが市場に届くのを待っている間にも命が失われてしまうと、チョ教授は述べています。したがって、たとえ現時点で将来どのようなウイルスが流行し被害が想定されるかについて未知であったとしても、我々研究者は常に叡智を注ぎ既に次のパンデミックに備えておく必要があると彼は主張します。
QCM-D法の活用~材料科学という新しい視点
この問題に対処するために、チョ教授と彼のチームは、既成概念にとらわれず考えることで、従来の方法にはない新しい研究アプローチを試すことにしました。チョ教授の専攻は元々は材料科学(material science)で、そこから消化器病学の道に進み、対C型肝炎ウイルス(HCV)における薬剤スクリーニングを専門に研究していました。このスクリーニングの研究において原理解明に役立ち、薬剤開発のプラットフォームを構築するために彼が主に用いたセンシング技術こそ、Biolin Scientific社の提供したQCM-D(水晶振動子マイクロバランス法)なのです。
「私たちの研究では従来のウイルス学とは異なる視点のアプローチを採用し、ウイルスの粒子を一つの材料として観察することを重視しました」とチョ教授は説明します。「私たちは、各ウイルス粒子に共通する弱点、いわゆる「アキレス腱」を特定したかったのです。コロナウイルスに共通する特徴は外郭に存在するエンベロープ(脂質膜)ですから、これらのエンベロープを標的とするウイルス攻撃方法を開発できないだろうか、というのが私たちの着眼点でした。エンベロープを標的とした効果的かつ選択的に作用する抗ウイルス剤を開発できれば、単一のウイルス種のみに対してだけでなく、複数のエンベロープ型のウイルスを標的とした幅広い抗ウイルス治療も可能になるだろう、とチョ教授は説明します。
LEADコンセプト - ウイルスのアキレス腱であるエンベロープを破壊する!
「ウイルス外郭の脂質膜であるエンベロープを直接の標的にすることができれば、ウイルス感染は防ぐことができる」、とチョ教授は言います。彼はこのような視点を背景に、LEADコンセプト「Lipid Envelope Antiviral Disruption(脂質エンベロープの抗ウイルス的破壊作用)」という造語で呼称した次世代型の抗ウイルス薬剤開発技術を生み出しました。
プラットフォームの設計
チョ教授は、蚊が媒介するウイルス、RNAウイルスをベースにしたモデルシステムを用いて、LEADコンセプトを実証しました。ここで用いた薬剤スクリーニング開発のプラットフォームとなる基本技術の一つがQCM-Dです。
「“LEAD-method”の発見の起源を遡れば、C型肝炎ウイルスのプロジェクトにたどり着きます。いわゆるAHペプチドを使用していた際のことです」、とチョ教授は説明します。「2004年、私たちは、このAHペプチドが脂質膜と相互作用すると、非常に興味深い挙動を示すことを実証しました。私たちが発見したのは、あるサイズ、例えば30、50、100 nmの脂質小胞の集合体が表面にあるときにAHペプチドにさらされると、AHペプチドは、私たちが事前に予想していたように脂質表面にだけ結合するのではなく、AHペプチドは脂質小胞に結合し、小胞が破れて二重層になるという事実でした。この結合と破断のプロセスは、QCM-Dの技術を用いて確認することができます」と、チョ教授は説明します。
「この研究の時点では、モデルシステムと人工のウイルス粒子との相関関係を調べていませんでしたが、後になって、AHペプチドが誘発する小胞の破断は小胞の大きさに依存しているのではないかと考えました。この仮説を立証すべく、サイズの異なる脂質エンベロープウイルスの集団を模擬するために、異なるサイズの人工小胞を作って試験してみました。この試験において、小胞の破断効率は小胞の大きさに対して関数の関係になることが示されました。」
「次に、我々は、2つの異なるインビトロ型のモデルウイルスシステムとして、サイズ50 nmの脂質エンベロープを持つC型肝炎ウイルス、およびサイズ360 nmのエンベロープを持つワクシニアウイルスをそれぞれアッセイ(検定用の試料膜)としてセンサー上に作成し、直接相関関係を調べました。その結果、LEADコンセプトは前者には有効だが、後者には有効ではありませんでした。」
抗ウイルス剤開発研究に幅広く役立つ研究アプローチとして
「LEAD戦略は、臨床医学や生体防御システムの開発現場における広範囲にわたるウイルスの研究そのものに対して役立つことができる」、とチョ教授は言います。現在、LEADコンセプトをもとに開発した治療法でマウスのジカウイルス感染を抑制することが示されています。また、ジカ熱に類似する物理特性を持つ未知のウイルス、すなわち脂質膜を持ち、大きさが150nm以下のウイルスについてもLEADコンセプトを拡大的に応用することもできるのです。
私たちはQCM-D技術の提供によって、ご紹介したチョ教授の研究の更なる発展によって抗ウイルス薬の開発が促進され、現在世界中に拡大したウイルスによる被害および将来再び想定される新しいウイルスによる感染拡大阻止に貢献できることを切に願っております。