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QCM-Dで脂質二重膜の性質を明らかにする

脂質二重膜とQCM-D

脂質二重膜は生体や細胞表面の疑似模倣膜として利用される典型的な試料ですが、QCM-Dは1998年以来20年以上、この脂質二重膜の形成プロセスの解明に最も有効なセンシング技術として様々な形で応用されてきた歴史を持っています。ここでは、QCM-Dがこの種の分析に特に適している理由および標準的な測定の手法について概説致します。

目次[非表示]

  1. 1.脂質二重膜とQCM-D
  2. 2.脂質二重膜にQCM-Dが必要とされる理由
  3. 3.脂質二重膜形成プロセスを明らかにする
  4. 4.脂質二重膜形成への影響因子を明らかにする
  5. 5.QCM-Dの脂質二重膜解析への更なる応用を目指して

脂質二重膜にQCM-Dが必要とされる理由

QCM-Dは周波数fと散逸Dの 2つのパラメータを測定し、センサー表面に形成された吸着層の質量や厚さ、粘弾性等の特性情報を得る手段ですが、この方法を応用すれば、脂質を構成する分子とセンサー表面の材料分子間に起こる相互作用の動的な挙動(ダイナミクス)についてリアルタイムの追跡が可能で、且つこれらのパラメータを応用した計算から、脂質と表面間の相互作用の効果により、固体表面に吸着形成された脂質膜の物理的な特性についても評価することが可能です。またこの測定結果を更にもう一歩進めて応用解析することで、脂質膜の研究において特に重要となる、表面に付着した小胞(ベシクル)の状態から表面で担持された脂質二重膜(Supported Lipid Bilayer, SLB)へと遷移する過程についても解明できることがわかってきました。このような理由からQCM-Dはこれまでに多くの脂質研究者の方々に様々な場面でお使い頂き、脂質研究に必須の測定ツールとしての地位を築き上げてきました。

脂質二重膜形成プロセスを明らかにする

脂質二重膜を作成する手法は幾つか存在します。たとえば、小胞(ベシクル)を破裂させた上で融合するといった手法や、溶媒補助によって脂質二重膜を形成させる手法(Solvent-Assisted Lipid Bilayer, SALB)等があります。いずれの場合においても、二重膜形成の動的な挙動や膜形成の成否は周囲環境条件によって大きく影響を受けるため、QCM-Dによってこれらの影響の大きさと形成二重膜の特性について正確に知ることが膜評価における重要な要素となります。

ここでは例として、ベシクル破裂と融合によって作成された表面担持脂質二重膜の形成プロセスをQCM-Dを応用すれば如何に明らかにすることができるかについて具体的なデータを交えて概説してきます。

先に述べた様に、表面担持型の脂質二重膜はさまざまな実験アプローチを用いて作成することが可能で、ここでは主にリン脂質の表面への自発的な吸着による小胞形成と、その後形成ベシクルの破裂を介して脂質二重膜を形成するまでのプロセスを取り上げます。

QCM-Dは水和質量を検知できる能力がありますが、この能力を応用することによって、ベシクルから表面担持型の脂質二重膜へと構造的に分子が再構成されるプロセスを細かく追跡し解析することができます。即ちQCM-Dを用いることにより、膜形成の成否を確認できる様な、いわば「指紋」にも例えられる様な明快な根拠情報が得られるということです。

一例として、シリカ(SiO2)表面上に両性イオン型のベシクルを形成させると、下図1に引用するQCM-Dのデータから特徴的な2段階の挙動を示すことがわかります。まず無傷のベシクルが表面に吸着し、表面を覆い尽くし臨界状態となった後、破裂・融合して脂質二重膜を形成するのです(図1)。

このときQCM-Dで得られたfとDの初期ベースラインからのシフトを解析していけば、形成された脂質二重膜の物理的な特性や質について評価することが可能であり、且つまだ表面にベシクルが残存しているかどうかといった様々な状況証拠となる追加情報を得ることが可能です。

図1脂質二重膜形成の概略イメージ


上:表面担持脂質二重膜の形成の模式図 

下:各形成プロセスに対応する典型的なf、Dの変化のイメージ

実験はバッファ溶液として用いたベシクルを導入した後、ベースラインが安定した時点で開始します。QCM-Dにより得られたfとDの推移と変動は、ベシクルの破裂と融合を明確に示唆する指標となっております。最初に表面へのベシクル吸着を示す大きな変化(fの減少とDの増加)が観察され、次に今度はfとDの両方の曲線が逆方向に変化を始めています。これは、質量が失われ、膜の柔らかさが低下していることを示しています。fとDの各曲線はやがて平衡に達し、周波数シフトの値より、形成膜は単分子形成時のおよそ2倍の厚みを持ち、且つ散逸係数が低いことから、薄くて硬い特徴を併せ持つ膜、つまり脂質二重膜が最終的に形成されたことを示しています。

脂質二重膜形成への影響因子を明らかにする

脂質二重膜は後続する積層ビルドアップ工程のためのベースモデル膜として用いられることが多く、このとき脂質二重膜形成プロセスを検証し、形成二重膜の質を定量評価しておくことが重要になります。その他にも、例えば多くの脂質が複合的に混合したベシクル溶液等を用いて脂質膜を作成する様な場合、あるいは環境条件が大きく変わる様な場合、二重膜形成への影響因子を明らかにするため以下の様な形でQCM-Dをご活用頂くことを推奨致します。

QCM-Dの活用例(図2)。

脂質二重膜の形成プロセスをfとDの変動曲線から追跡し確認

脂質二重膜の動的な形成挙動(ダイナミクス、形成速度)を知る

形成後の脂質二重膜の質(粘弾性)を評価する

形成後の脂質二重膜の物理的な厚みを評価する

データをもとに、各種条件(脂質の化学的な組成、環境条件、担持体の材料)を最適化し、期待される成果を得るための指標とする

図2:QCM-Dを用いて脂質二重膜形成プロセスを評価する指標の例:①ベシクルの破裂有無(A、B)②脂質二重膜形成プロセス全体の追跡(A~D)脂質二重膜の形成(G)と形成膜の質と物理的な厚みの評価(E、F)



QCM-Dの脂質二重膜解析への更なる応用を目指して


ここまでQCM-Dが如何に脂質二重膜形成プロセスに有効であるかを、実例を交えながら述べさせて頂きました。Biolin Scientific社のウェブサイトには更に多くの概要や文献情報などが掲載されておりますので、是非ダウンロードして頂き、生体類似・模倣膜のプラットフォームとして、あるいは脂質モデルシステムそのものの解析と特性評価においてQCM-Dが如何に有効であるかについて査読頂けますと幸いです。

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